Aug 02, 2011

有料レンタルサーバーのメリット

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最近ではITの恩恵を受けることは、企業、自営業などの一次産業をのぞいて、そうでないのではないか。そんな生活にだんだん近くなってITの膨大なデータは、現在のクラウド化の波に押され、データセンターに移行している企業が大多数だ。そうすることによって、地震などの発生時のデータ回復性が向上、さらにIT時代にも、このようになってきている。つまり、データの回復能力は、企業の基礎能力と言うことができるのではないか。
 県は19日、東日本大震災の津波の影響で入出港の自粛措置が取られていた相馬港(相馬市、新地町)について、緊急物資輸送のため2号ふ頭の第4号岸壁に限って供用を再開した。原則として日中航行のみ。夜間は福島海保が認めた船舶に限られる。
 港内には建物のがれきなどの漂流物が残っているが、今後復旧作業を進め、1号ふ頭も段階的に供用を再開させる予定。同港では7メートル以上の津波を観測していた。【松本惇】

3月20日朝刊

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 川俣町の酪農家で採取した生乳から食品衛生法の暫定規制値を超える放射線が検出された問題で、県は19日、町内の全酪農家17軒に生乳の出荷と自家消費の自粛を要請した。県内全域の農産物の放射能汚染調査も行っており、早ければ20日中に結果が出るという。
 県農林水産部によると、検出されたのは同町東部の酪農家。国の災害対策本部が調べたところ、1キロ当たりのヨウ素が、16日1190ベクレル、17日1510ベクレル、18日932ベクレル検出された。同法で定める300ベクレルを上回った。16日にはセシウムも同18・4ベクレル検出されたが、国の基準200ベクレルは下回った。
 この酪農家では地震後すべての原乳を廃棄し出荷していない。同町内でほかに出荷した酪農家があるか県が調査中だ。
 国の調査とは別に、県はネギやホウレンソウなど野菜を露地栽培している県内34市町村と、生乳を出荷している37市町村からサンプルを採取。19日に千葉市の分析センターに送り、検査を始めた。
 国から避難指示と屋内退避指示が出ている原発周囲30キロ圏内でも全農産物の出荷を止めることを決めたが、地震後の出荷は完全に止まっているという。

3月20日朝刊

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 ◇「安全確保に全力」
 東京電力の小森明生常務は18日夜、県災害対策本部がある福島市の県自治会館で会見し、東日本大震災による福島第1原発の一連の事故について「このような事態に至ったことは痛恨の極み。安全確保に向けてあらゆる手だてを尽くす」と謝罪した。東電幹部が県内で会見を開いたのは地震後初めて。
 小森氏は原発事業の見通しについて「幹部で議論していないが、見直す必要があるか検討する」とし、廃炉の可能性について「それも含めて考える」と語った。原発周辺住民への補償は「国と相談して考えていく」と述べるにとどまった。
 小森氏は昨年6月まで福島第1原発の所長。被災者について問われると、涙声で「私も住民でした。その方たちの顔を思い出すと本当に申し訳なく、会社としてできることをしていくとしか申し上げられない」と言葉を詰まらせた。会見は約45分。嗚咽(おえつ)しながら会場を後にした。【関雄輔】
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 ■人物略歴
 ◇小森明生(こもりあきお)氏
 兵庫県出身。78年入社。福島第2原発発電部長などを経て、07年6月から執行役員。08年6月〜10年6月に第1原発所長を務め、10年6月から常務取締役・原子力・立地本部副本部長。

3月20日朝刊

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 1372年に初めて中国に進貢使節を派遣し、1875年に進貢が日本政府によって停止されるまで琉球王国から中国へはさまざまな形で公式な「人の移動」が展開され、首里王府は交渉の現場で必要とされる官話(中国語)のコミュニケーション能力を有する人材の育成に意を注いでいた。
 特にそうした人材育成の中核を成したのは、南京や北京の国子監に派遣された官生や「勤学」と呼ばれる福州に送られた自費留学生らであった。王国内では、彼らが中国へ出発する前に官話を勉強する学習環境が形成されていく。これらの留学生たちを主たる対象として編まれたのが「琉球官話課本」と総称されている中国語テキストである。
 筆者は本著で(1)官話問答便語(2)白姓官話(3)学官話(4)廣應(こうおう)官話(5)琉球官話集(6)琉球二字官話集を「課本」の研究材料としているが、(1)、(2)、(3)、(4)について、その製作年を特定し、さらに各「課本」を『廣韻』と照合し、北京語を中核とする華北方言では失われている入声があることや、陰・陽に分かれるのは平声のみで、上声・去声・入声にはその区別がなく、濁音上声字は全て去声に転化し、本来の去声と一つになっている等の諸点を確認し、南京語を中核とする江淮方言に一致するといった音韻的特徴を見いだしている。さらにその収録された語彙(ごい)についても、福州語や〓(びん)語・南方語といった話者の出身地や言語環境などが勘案されていることを詳細に検討している。
 第二章の「琉球官話課本の内容と構成」を読んでいると、福州における換金の様子や芝居見物、年越しの支度や「迎春」の行事、寒い日の過ごし方、宿舎のネズミ退治、葬儀への参列等、留学中の生活の様子が「課本」では臨場感あふれる形で記述されていることが分かる。「課本」は多くの必要な生活情報を含み単なる会話のテキストではなく、留学のマニュアル書的役割も担っていたことに気付く。本著は筆者の長年の研究の集大成であり、琉球官話研究を一挙に深めた画期的な研究書であるといっていいだろう。
 (陳碩■・琉球大学法文学部研究員)
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 せとぐち・りつこ 1945年久高島生まれ。72年、台湾師範大学国文研究所卒業。現在大東文化大学外国語学部教授。

※注:〓は門ガマエに「虫」
※注:■は火ヘンに「玄」

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