Feb 19, 2009

一つだけ派手に見せてくれるのシャンデリア

段階の部屋にしたい場合は、非常にお勧めのがシャンデリアです。シャンデリアだけで部屋の雰囲気はとても華やかになります。昔のヨーロッパの邸宅を想像しているシャンデリアは今でも非常に人気があります。特に女性は好きな人も多いと思います。他の人とちょっと差をリニューアルしたい方にぴったりですね。
シャンデリアを飾っている場合に。そのような家庭は、自分の知っている人の中にはない。まず、ホテルのようなところにいるか、お金持ちのリビングやしかないため、購入機会はないと思う。しかし、インテリアショップに考えている以上に多くのシャンデリアがあることを知っているか。それでも我が家には縁がないと思う。
 【語り継ぐ復興文化史】第一部

 大正、昭和に活躍した随筆家で物理学者の寺田寅彦(とらひこ)=(1)=の言葉が脚光を浴びている。著作の復刊が相次ぎ、6月に出た『天災と国防』(講談社学術文庫・798円)はすでに3刷1万部を発行した。表題作や「震災日記より」「津浪と人間」など災害に関する論考やエッセー12編が収録されており、担当編集者は「関東大震災を経験した科学者の視点から発した数々の警句には、東日本大震災後も通用する普遍性がある」と話す。

 寺田と関東大震災のかかわりは、始まりから因縁めいている。

 《このごろ石油ランプを探し歩いている。神田や銀座はもちろん、板橋界隈(かいわい)も探したが、座敷用のランプは見つからない。東京という所は存外不便な所である。東京市民がみんな石油ランプを要求するような時期が、いつかはまためぐって来そうに思われてしかたがない》。東京帝国大理学部教授だった44歳の寺田が、この文章を俳誌『渋柿』に発表したのは大正12(1923)年7月。その2カ月後に震災が起こり、まさに東京中の電灯が使えなくなった。

 《妙に短周期の振動だと思っているうちにいよいよ本当の主要動が急激に襲って来た》(「震災日記より」)。寺田は東京・上野にある美術館の喫茶店で震災に遭遇した。客もボーイも逃げ出し、1人残った店内で《勘定をすることが出来ない》(同)と、場違いな心配をするほど冷静な科学者の目で、地震のメカニズムと震災後の惨状を観察していく。

 昭和に入り、東京帝大地震研究所所員になった寺田は、約3万8千人の犠牲者を出した被服廠(ひふくしょう)跡(東京都墨田区)での火災旋風調査などで得た科学的知見をもとに、日頃の備えの必要性を繰り返し訴えた。《思うに日本のような特殊な天然の敵を四面に控えた国では、陸軍海軍のほかにもう一つ科学的国防の常備軍を設け、日常の研究と訓練によって非常時に備えるのが当然ではないか》(「天災と国防」昭和9年)

 帝都復興院総裁の後藤新平(1857〜1929年)が進めた復興事業は、約7年をかけ昭和5年に完成する。同年3月26日に宮城(きゅうじょう)(現在の皇居)前広場で開かれた帝都復興祭は、100万を超える人出でにぎわったとされる。その3年前には浅草−上野間2・2キロで日本初の地下鉄が走り、震災で家を失った住民が移り住んだ渋谷や新宿は副都心として発展した。

 ただ震災の爪痕が消えることは、人々の「忘却」のスピードを速めてしまう恐れもある。「失敗学」を提唱する東大名誉教授の畑村洋太郎(70)も《社会の中で大きな事故やトラブルの記憶が減衰するのは、だいたい「六十年」程度である》(『天災と国防』解説)と指摘している。だからかもしれない。震災から数十年後に発表された文学作品からは、薄れゆく記憶を手元に引き寄せようとする強い力が感じられる。

 震災の年に生まれた戦後を代表する詩人、田村隆一=(2)=は、昭和53年の詩集『誤解』に収めた「九月一日」という一編で、こう書いた。《地にうごめくもの/地をあゆむもの/ぼくも地に生きるものとして/大正十二年三月/目に見えないエネルギーによつて生み出された/その六カ月後の九月一日午前十一時五十八分/地そのものが揺れに揺れて/ぼくらの若い「近代」は根底から批判をうけることになる/ぼくは赤ん坊で母の腕に抱かれて/裏の竹藪(たけやぶ)に避難したそうだ》

 田村の筆はここから、1939年の「9月1日」に起きたナチス・ドイツによるポーランド侵攻へと進み、《ぼくらはたがいに愛しあつただろうか》と問いかける。自然を克服しようとした近代と戦禍(せんか)を重ね合わせた詩は、過去の教訓を忘れ、過ちを繰り返す人間への警告のように読める。

 寺田が震災後、警鐘を鳴らし続けたのも、人間のこの“忘れっぽさ”だった。昭和8年の論考「津浪と人間」では、辛辣(しんらつ)な表現ながらも後世に希望を託すような言葉をつづっている。

 《こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震津波の周期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば災害はもはや災害ではなく五風十雨(ごふうじゅうう)の亜類となってしまうであろう。しかしそれが出来ない相談であるとすれば、残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう》

 「天災は忘れたころにやって来る」とは、寺田が残した有名な格言だが、じつはどの著作にも同じ表現は見当たらない。覚えやすいように形を変え、口から口へと伝えられてきたのが真相らしい。東日本大震災後の現在、改めて受け取ったバトンの重みを実感する。(海老沢類)=敬称略

 (第一部おわり)

                   ◇

 ≪みちしるべ≫

 (1)寺田寅彦 物理学者、随筆家。1878〜1935年。東京生まれ。物理学や気象学の研究のかたわら、文豪・夏目漱石(1867〜1916年)に師事し、漱石の処女長編『吾輩は猫である』の理学者・水島寒月や『三四郎』の物理学者・野々宮宗八のモデルともいわれている。

 (2)田村隆一 詩人。1923〜98年。東京生まれ。昭和22年、鮎川信夫(1920〜86年)らと詩誌『荒地』を創刊し、戦後の現代詩をリード。『四千の日と夜』『言葉のない世界』など。

                   ◇

 ■【第一部の主な参考文献】

『日本の百年6 震災にゆらぐ』(今井清一編著・ちくま学芸文庫)

『関東大震災』(吉村昭著・文春文庫)

『コレクション・モダン都市文化26 関東大震災』(和田博文監修・ゆまに書房)

『日本災害史』(北原糸子編・吉川弘文館)

『帝都復興と生活空間−関東大震災後の市街地形成の論理』(田中傑著・東京大学出版会)

『写真で見る関東大震災』(小沢健志編・ちくま文庫)

『東京震災記』(田山花袋著・文元社)

『倉敷市立美術館〜池田遙邨と郷土作家〜』(倉敷市立美術館編・日本文教出版)

『今和次郎集 第4巻』(ドメス出版)

『考現学入門』(今和次郎著、藤森照信編・ちくま文庫)

『西條八十全集 第17巻』(図書刊行会)

『西條八十』(筒井清忠著・中公文庫)

『小泉信三全集 第2巻』(文芸春秋)

『小泉信三伝』(今村武雄著・文春文庫)

『経済学全集』(福田徳三著・同文館)

『寺田寅彦覚書』(山田一郎著・岩波書店)

『寺田寅彦と地震予知』(小林惟司著・東京図書)

『寺田寅彦随筆集1〜5』(小宮豊隆編・岩波文庫)

『柿の種』(寺田寅彦著・岩波文庫)

『田村隆一全集 第2巻』(河出書房新社)

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Posted at 19:19 in Energy | WriteBacks (0) | Edit
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